2002年11月
・11月21日(木)
 「生涯一エンジニア〜ノーベル化学賞・田中耕一さん〜」を見て

 今夜のNHK総合テレビ「にんげんドキュメント」に、このほどノーベル化学賞受賞が決まった島津製作所の田中耕一さんが登場しました。
 
 番組では、生後すぐに母を病気で亡くした後、のこぎり目立て職人の養父母に実子同様の愛情をこめて育てられた生い立ちと、この境遇から「病気で苦しんでいる人たちを救える技術の開発」を志して、職人気質で研究に打ち込んできたことなどを紹介しました。
 
 また、氏が東北大学を1年留年したり、ソニーの入社試験を不合格になったり、はたまた試薬を誤って配合して偶然に新発見をしたといった、筋書き通りではない人生を歩んできたことも明らかにしました。
 
 こうして、「あくまでも自分の頭で考え、自分の手で作り続けたい」と、一エンジニアとしての道を選び、昇進や収入にこだわらず飄々として いる氏の人柄に、実に爽やかな共感を覚えました。
 
 そして今回、このような経歴を持つ氏が一躍脚光を浴びたことで、「自分の好きなことや持ち味を生かせることを一生の職業にする」と いったスペシャリストや生涯現役志向のようなものが、これからの日 本の若者たちにも増えてくるのではないでしょうか。
 
 それにしても、老練な大学教授の指定席といった趣のあるこの賞を、まだ若くて無名に近い会社員に授与することを決めた、選考委員の識見の高さには脱帽します。
 
 このことは、この国中の人物評価の仕組みが錆付いて機能しておらず、足の引っ張り合いばかりして、人の長所を見抜き伸ばし合うという意識が欠け落ちてしまっていることを、私たちに教えてくれるメッセージのようにも思えます。
 
 さっぱり先が見えない暗いご時世に突破口を開き、明るく活力に満 ちた社会を取り戻す手だてのひとつは、こうした役割の地位にある人たちが、早急に気持ちを切り替えて行動を起こすことにありそうです。
 
 ちなみに、時を同じくして物理学賞を受賞した東大名誉教授の小柴昌俊さんの方も、大学をぎりぎりセーフで卒業された逸話がおありの ようで、実社会に出てからの努力の積み重ねがいかに大切であるかを物語っているように思えます。
 
 また別の番組の中で、氏は可能な限り、朝食と夕食は家族そろって食べることを心がけていて、このことは、家族のきずなを強めるために非常に大事なことだと述べられていました。私を含めて、世のお父さんたちには耳の痛いお話ではないでしょうか。
 
 
・11月03日(日)                                        
 「市場まつり」と「縄文なべ祭り」を終えて

 偶然にも同日開催となってしまった2つの催し物を、無事に終えることができました。
 
 今春から準備してきた「開設25周年記念市場まつり」は、予想以上の7千人を超える来場者を集め、大賑わいとなりました。ボランティアで実行委員会に参集して頂いた約300人の関係者の皆さんとともに、この喜びを分かち合いたいと思います。
 
 また、展示用のノボリ・ポスターや、来場者に配布したパンフレット・CD−ROMなどをご提供頂いた、三戸地方農林水産事務所はじめ中央果実生産出荷基金・食生活情報サービスセンターの各位にも、この欄を借りて御礼を申し上げます。
 
 さて、私は5年ごとに開催されてきた、この催しに都合5回関わらせて頂いたことになりますが、回を重ねるごとに気になることがあります。それは、ン百万円の費用をかけ、多くの人たちに勤労奉仕をしてもらいながら、それが私たちの商売に、どう反映されたのか検証することもなく、前回通りのやりっ放しになっていることです。
 
 せっかく盛りだくさんのイベントで消費者(納税者)に来て頂きながら、市場の役割や流通の仕組みをもっと認識してもらうことや、消費の拡大に結びつける努力が、なおざりになってはいないでしょうか。
 
 確かに手間ひまはかかると思いますが、全天候型の広い会場を大いに活用して、市場ならではの多種多様な入荷品の展示・試食販売や、地元農産物の品評会、料理コンテスト、栽培や料理の相談コーナー、図画・作文・資料の展示コーナーなども併催したいものです。それと、消費者が参加しての半分お遊びの模擬セリばかりではなく、プロの迫力あるセリ風景を再現して見せることも必要でしょう。
 
 こうして、単なる娯楽ショーで終わらせることなく、業界と生産者、消費者が一体となって、交流や情報交換が活発に行われる催し物としたいものです。私自身、あと何回参加できるか分かりませんが、次回にチャンスがあれば、関係者の皆さんのご理解を頂きながら、前の年から企画を練って一つでも多く実現したいものだと思っています。
 
 なお、11月に入ると気温の下がる日もあるので、内容によっては10月に前倒しして開催することも、念頭に置く必要がありそうです。
 
 一方、八戸公園で開かれた「縄文なべ祭り」は、今回が3年目とあって段取りも手馴れたものになりました。しかし、これまで併催されていた「菊まつり」が、今年から市庁舎前広場に会場を移した上に、この 時期にしては肌寒い風が吹き始め、果たして人出があるものか心配 でした。ところが、昼食の時間が近づくにつれて、たくさんの市民が詰めかけ、約3千食用意したアツアツの「せんべい汁」を、1時間ほどで平らげてくれました。
 
 すっかり市民の間に認知された感のある、こちらの催事の成功も、ボランティアでお給仕をしてくれた高校生や調理などのスタッフの皆さんとともに、喜びを分かち合いたいと思います。
 
 とくに私にとっては、初めてこんな大きな催事に二股をかけて関わらせて頂いたことと、昼食時の大混雑していた時間帯に、震度3の地震までありながら、どちらも事故を起こさず終了できたことで、たいへん記憶に残る一日となりました。

 それにしても、この時期は毎週末に各地で似たような催事が組まれており、どこの会場もそこそこの人出で賑わっています。長引く不況の影響で、身近で手軽な娯楽が求められていることの証しでしょうか。
  
 
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